大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)1155号 判決

茨城県筑波郡筑波町

上告人

筑波町選挙管理委員会

右代表者会長

酒寄宗満

右訴訟代理人弁護士

鈴木五郎

同県同郡同町大字上大島一〇七二番地の二

被上告人

軽部舒

同県同郡同町大字筑波九五一番地

岡田正美

同県同郡同町大字国松一八〇四番地

吉原哲郎

右当事者間の町長解職請求署名簿の署名無効決定取消等請求事件について、水戸地方裁判所が昭和二八年七月三一日言渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士鈴木五郎の上告理由は添付の別紙記載のとおりである。

上告理由第一点について。

論旨は原判決添付第一目録記載の署名は、詐偽、強迫によるものであるから有効と認められないと主張し、原判決のこの点に関する判示を非難する。

しかし、本件署名収集に際して、収集にあたつた者が署名者に対し特に欺罔行為をしたという事実の認められないことは、原判決の確定するところであり、解職請求要旨に多少事実に相違する記載があつたからと言つて、選挙人が町長解職の意思をもつて署名した以上、その署名を詐偽によるものということはできない。また強迫にあたる事実の存在しないことは原判決の確定するところである。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、原判決は上告人の正当な権限を無視し、署名者の自由意思を妨害するというのである。

しかし、市町村選挙管理委員会は、直接請求の署名簿の署名が詐偽又は強迫に基くものであるかどうかを決定する権限があるからと言つて、終審として右の決定をすることができる理由はなく、上告人の決定に対し訴訟の提起があつたからには、裁判所としては右決定の当否を判断するのは当然である。また、署名者がその意思によつて署名したと認められる以上、裁判所がその署名を有効と判断しても、署名者の自由意思を妨害するものでないことは説明を要しない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は、原判決は重大な審理不尽、理由不備の違法があるというのであるが、前段説明のように本件署名収集に際し欺罔行為の認められない以上、所論のような事項について審理をしなくても審理不尽又は理由不備の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

以上説明のとおり本件上告は理由がないから、本件上告を棄却することとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二八年(オ)第一一五五号

上告人 筑波町選挙管理委員会

被上告人 軽部舒

外二人

上告代理人弁護士鈴木五郎の上告理由

第一点

原判決中其の第三四号、第三七号の理由の四(理由から七枚目)以下に於いて第一目録記載の六十四名中酒寄かつ外三名及び草間とよ外八名を除く五十一名の異議申立に対して被告委員会の為した無効の決定を違法なりとして之を取消したことは誤れる事実認定の下に且つ審理不尽、理由不備の違法がある。

(一) 原審判決は、署名の無効原因は地方自治法七十四条の三に限定され更に其の詐欺、強迫の関係を極めて狭義に解していることは、立法の精神を無視したものである。

本件解職の署名は一般選挙権と同様署名者の自由意思を基調としているもので、従つて之によつて意思表示の一般原則の適用なきかの如き解釈は法の精神を無視した極めて独断的な解釈である。

地方自治法が詐欺、強迫を掲げたのは一般の場合に容易に想像し得らるゝ場合を例示したもので之によつて一般意思表示の原則、即ち錯誤なかりせば署名すべからざりし場合に之を有効とすべき理由が無い。

又同自治法七十四条の四に於いて署名者に対して強迫に至らざる威力、偽計、詐術、拐引等苟も署名者の意思の自由を妨害した場合に罰則を設けた趣旨からして無効原因として挙げた同法七十四条の三の詐欺、強迫のみに限定し一般意思表示の原則の適用を除外したものではないし、又其の詐欺、強迫も之に限定して極めて狭義に解すべきではない。

苟も署名者の自由意思を少しでも妨くる程度の偽計、拐引、詐術等あらば其の署名は有効とは認められない。然らざる限り罰則を設けた意味がない。

而して本件に於いて、署名収集開始前に既に八百の署名を得たとの新聞を筑波町民各戸に配付し、町長解職の理由として全く事実無根の悪評を内容とする解職請求要旨を更に事実無根の町長の悪口に尽きる乙七号証を各署名者に呈示して署名を強要的に求めたことは、正に詐術、偽計、拐引に外ならないのである。

然るに原審は之等の事実を全く無視して、

「後に賛否投票が実施される場合には解職に反対の投票をすればよいのであるから何ら不都合はないわけである。」と簡易に片付けているが、

之は署名の重要性を無視し一面賛否投票によつて如何に浪費と町民の迷惑の多大なるかを知らさるものである。

第二点

原審の判断は、被告委員会の権限を無視した行き過ぎと共に署名者の自由意思を寧ろ妨害するものである。

同自治法七十四条の三二項には「詐欺、強迫に基づく旨の異議申立があつた署名で委員会が其の申立を正当であると決定したものは之を無効とする」とありこの規定の趣旨からすれば本件に於いて原審は被告委員会が叙上無効の決定を為したことに対して其の決定の正当性を判断すれば足り、之を差し置いて異議の理由を一般的に判断することは事実認定の基本を誤つたものである。所謂リコール制度は戰後民主々義の下に認められた權利であるが実際上は委員の数は三、四人、然も之等の委員は殆んど法的知識に不馴で、(本件の委員は全部農家)

更に委員会の審査は、限られた極めて短期間に場合により数百数千の異議の有効無効を何れにか決定しなければならない。

故に実際上に於いて其の審査の撤底は不能を強える結果となるのである。

茲に於いて同法七十四条の三二項は委員会の権限を定めたものである。

本件被告委員会は署名の内異議の理由明確ならざる者に対しては、各部落に出張して宣誓の上証言を求めて其の決定の正確を期し書類上理由の明確の者に対しても一応書類受付の際直接、本人に或は代理人たる受任者に対して、異議理由の説明を求めて異議申立書の理由の確実性を認めて、叙上五十一名に対する異議申立理由を正当と認めて、無効の決定を為したものである。而して異議申立書の理由は何れも偽計、詐術なくしては為されざりし署名と認むるほかないものばかりである。

此の如き委員会の決定に対して之れ以上求むることは前述の如く、法的に不馴で三、四人の委員により短期間に数多き異議の審査を求むることは全く不能を強えるものである。

なお原判決理由から九枚目の裏中程に「これは原告の自認する様に強迫にもとづいて署名したとの趣旨に解することもできる」と自ら認定しているのである。

其の他の異議理由も殆んど同趣旨である。

この如く原判決の認定に於いて強迫にもとづくとせらるゝ場合に於いて本件被告委員会が之を無効と決定することは、原審の判断自体委員会の決定の正当性を裏書するものである。

要するに原審としては、被告委員会の叙上無効の決定に対して其の不能を強えざる範囲に於いて、当時無効決定を為さざるを得ざりしや否を判断すれば足りるのであつてこの点についての原審の判断は、被告委員会に不能を強えてその正当権限を無視する違法がある。

又叙上五十一名の異議申立書の理由は、各其の乙号証の示す通り殆んどが無理に署名せしめられたので其の取消を求むるもので、右五十一名の署名は何れも署名の意思なかりしことを明確に表示しているに対して、原審が之を無視して有効とすることは署名者の自由意思を裁判所自ら妨害するものといはなければならない。之は全く判断の行き過ぎである。

第三点

原審判決は左の重大の審理不尽、理由不備がある。

原判決理由から十一枚目裏「本件において被告の主張する板倉議員の『町政報告』なる書面及び署名簿に添付された解職請求書中の解職請求の要旨と題する書面に記載したる事実がどの程度まで真実と合致し又は相違していたかはしばらくこれをおくとして」として右板倉の町政報告乙七号証と乙八号証及び解職請求要旨、この三者を比較対照して其の真相を究明せざることは重大なる審理不尽、理由不備がある。

原告が署名を求むるに当り、署名簿冒頭に掲ぐる町長解職請求要旨と共に乙七号証板倉議員の「町政報告」書を携行し共に、署名者に呈示したことは、原告申請にかゝる原審に於ける署名収集者殆んど全部の証言により明かである。

又右解職請求要旨と乙七号証町政報告は、其の内容、事項配列の順序からして、両者全く同一内容であることは容易に首肯し得るところである。

而して、町政報告(乙七号証)は、板倉議員の作成であつて之を筑波全町民に当時配付したことも同人の供述により明かである。

併し乍ら右解職請求要旨と内容全く同一なる町政報告の内容は、町長の悪事のら列であつて之は事実全く無根なることは、乙八号証に於いて板倉議員が事実無根なることを陳謝していることにより明かである。従つて又、解職請求要旨の内容が全く事実無根の町長の悪事のら列であることも又自ら明かなところである。

故に原告が署名収集に当り事実無根の町長の悪事の数々を吹聴して、署名を求めたことも明かであつて之は正に詐術、偽計により署名を得たことにほかならないのである。

署名収集に当り、署名者の自由意思を如何に妨害したか否かは前記三者の書類の対照究明なくしては判断が出来ないのである。この重大なる判断の鍵を「しばらくこれをおく」として究明せざることは重大なる審理不尽及び理由不備である。

之等の関係を被告委員会が念頭におき、異議理由を正当と認めて決定したものに対して、為された原審の判断は、全く委員会の権限を不当に無視したものである。

前述の如く、リコール制度は国民の権利であるが厳に其の濫用を戒しめねばならない。之によつて生する賛否、選挙等実に莫大な費用と選挙人の蒙る迷惑を深く考慮しなければならない。

従つて本件の如き事実無根の町長の悪事のら列を以て署名者の自由を阻害したものに対しては原審判決の如く詐欺、強迫を極めて狭義に、而も局部的に解釈することなく、

苟もリコール開始の動機と其の方法を深く究明し、苟も不純の動機と署名者の自由意思を聊かも害すが如き場合には、大乗的に処理する判断を為さなければならない。

特に本件の如きリコールそもそもの発端は、板倉町議の筑波町助役就任の希望を町会に否決された腹いせの結果に外ならない場合に於ておやである。

其の後板倉町議は町会一致の決議により辞職勧告を受けている。

以上の理由により原判決は到底破棄を免かれない。

以上

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